どうも、ドミナゴです。
幼稚園~高校生まで、よく通っていたゲームセンターについての思い出を紹介しています、
今回は「より良きゲーセンを求めて」という内容です。
ゲーセンを探し求めてどこまでも
思い返すとゲームセンターに一番良く通っていたのは、中学生時代だったと思います。
近所にあったゲームセンターはもちろんのこと、友人から聞いたゲーセン情報を元に、自転車で2時間ぐらいかけて、遠くのゲームセンターに遠征したことなど何度もありました。
「源平討魔伝が20円でできるゲーセンがあるらしいぞ」と聞きつければ、いくら遠くてもそのゲーセンに向かい、「○○デパートの屋上にあるアウトランは設定がゆるいぞ!」と聞けば、飛んでいって何度もプレイしたことを思い出します。
前の記事にも書きましたが、「補導員がおらず、ヤンキーが少なく、プレイ料金が安く、設定が緩めなゲーセン」が僕にとって最高のゲームセンターでした。
沖縄旅行でもゲーセン
中学生の時、旅行で沖縄に行きました。
いとこの親が単身赴任で那覇に住んでいたので、いとこ二人と私は夏休み期間中の1ヶ月をそこで過ごしました。
いとこ二人は私よりも数歳年上の男子で、ご多分に漏れずゲーム好きでした。
なので我々は、自然あふれる沖縄にいるにも関わらず、ずっとゲーセン巡りを行っていました(笑)。
当時の沖縄は、いまよりも軍事色が強い印象があり、今となってみると本当かどうかわかりませんが、「カメラを軍事施設の方向に向けないこと。フイルムを没収されるから」と注意されたことがありました。
そんななかで、僕らは大半の時間をゲーセンで過ごしました。
記憶が定かではありませんが、国際ショッピングセンターの地下にあったゲーセン(なぜかシンナー臭かった記憶が)や、ダイナハの屋上に入り浸ってゲームをしていました。
雰囲気はちょっと怖かったのですが、年上のいとこ二人がいましたので、臆することなくいろんなゲームをやっていましたね。
コロナ前までは定期的に沖縄旅行をしていましたが、いつもあのときのゲーセンは無いかなと探してしまいます。
海外でもゲーセン巡り
これは大人になってからの話ですが、海外に行ってもゲーセンに行くのが楽しみの一つとなっています。
1990~2000年代の中国では、日本ではだんだん数が減ってきた薄暗いタイプのゲームセンターが多くありましたし、数年前に行ったマレーシアでは「ワニワニパニック」を見つけてプレイしたりもしました。
最近は、海外でも昔ながらのゲーセンは減ってきているようで、そういった施設は潰れたり、きれいに改装されてアミューズメントパークとして生まれ変わったりしているようですね。
コロナが落ち着いたら、また海外でのゲーセン巡りを再開したいと思っています。
ゲーセンの思い出については、これからもみなさんにご紹介できればと思います。
他の思い出については、以下も読んでいただけたら幸いです。
それでは、また。